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ダダとは

 

  ダダは、1916年にスイスはチューリッヒにおいて提唱された「芸術死ね」という理念である。それは、第一次世界大戦の戦禍を避けてドイツから亡命してきたフーゴ・バルの主宰する「キャバレー・ヴォルテール」に集う、やはり周辺各国からの亡命者―トリスタン・ツァラ、マルセル・ヤンコ、ハンス・アルプ、エミ―・ヘミングスなど―と、スイスの若者たち―ゾフィー・トイバーなど―によって共有された。具体的には主に、宣言の公布、機関紙の発行、パフォーマンス、絵画や造形物、映画や音楽というかたちによって、世界各地に飛び火しつつ、いましばらく、若干の変質を経て、20年代前半をなんと芸術運動として生きながらえた。のみならず、その後生まれ(ることを結果的に許し)た幾多の芸術運動(や芸術以外の運動)に、こんにちに至るまで(良くも悪くも)さまざまの影響を与えている。

 

「ダダ100周年」とは何だったのか

  チューリッヒでのダダの「誕生」からちょうど100年目にあたる昨年2016年、「ダダ100周年」にちなんだイベントが世界各地で企画された。ことにスイスではスイス政府の支援のもと、展示やシンポジウムなどのイベントが行われた。同時にスイス政府は大使館などを通じ、10~20年代のダダの運動が歴史的に示したインターナショナルな特性を踏襲するかのように各国の文化団体との連携企画を展開し、率先して「ダダ誕生100周年」を祝い、自由な創造と芸術の多様性を寿ぐスイスの文化をアピールした。スイス政府が直接・間接を問わず関わったおよそ100件の「ダダ100周年」企画は、現地の地名に関係なく「dada100Zurich」と銘打たれた(日本をのぞく)。

  いわば世界に対するスイスの 「国おこしアート」となった「ダダ100周年」記念行事の企画・運営・広報は、40名ほどのメンバーからなるチューリッヒの民間団体「dada Jubilee」によって担われた。「dada Jubilee」の特設サイトを見ると、彼らがダダを説明する際、フーゴ・バルに重きを置いていることがわかる。そもそも「ダダ100周年」は、バルがチューリッヒの「キャバレー・ヴォルテール」で最初にパフォーマンスを行なった1916年7月14日を起点に計算されたものであり、そのほかの可能性―たとえばルーマニアからの亡命詩人トリスタン・ツァラが「ダダ宣言」を執筆した日や機関誌を発行した日―によるものではない。ダダというインターナショナルさがアピールポイントのひとつである運動をスイスの「国おこしアート」とうまく接続するためには、「キャバレー・ヴォルテール」という「サイトスペシフィック」な伝説が媒介として必要であり、その主宰者であるバルが重要視されるのではないだろうか。
  「キャバレー・ヴォルテール」は現在スイス政府の後援を得て、カフェバー兼イベントスペースとして運営されている。「dada Jubilee」も運営に関わっており、スイス政府の推進による「ダダ100周年」記念企画のハブとなっている。

  スイス政府系列以外の日本国外での「ダダ100周年」に関連した企画は、現時点で数点のみ確認できた。先年ツァラの出身地であるルーマニアのモイネシュティを訪ねた研究者の塚原史氏によれば、ルーマニア国内では「ダダ100周年」は全く盛り上がっていない、とのことである。ツァラがルーマニアを捨てて亡命したことと、ユダヤ人であったため、ルーマニアと結びつけては扱いにくい、というのが塚原氏の分析であった。※2017年1月13日 第36回「宥学会」塚原史講演「ダダ101年と松澤宥―キャバレー・ヴォルテールからΨの部屋へ」にて聴取。


  日本国内では、在日スイス大使館と日本の官民諸団体との連携によって、40数件の「ダダ100周年」企画が行われた。全世界のスイス政府系列の「ダダ100周年」企画がおよそ100件であったことを考えると、他国に比べて異例の多さである。スイス大使館文化広報部のミゲル・ペレス=ラプラント氏とキュレーターの四方幸子氏が中心となって推し進められたこれらのイベントでは、日本独自のダダの受容として「ウルトラマン」や戦前の芸術運動「MAVO」にも脚光が当てられた。名称も他の国のように「dada100Zurich」ではなく「dada100Tokyo」とされた(東京以外でも名古屋・京都・神戸・福岡でスイス大使館の関わる「ダダ100周年」企画が催されている)。「dada100Tokyo」はペレス氏を主幹とするフリーペーパー「ダダ新聞」を配布するほか、Facebookでも発信を行なった。ペレス氏と四方氏による「dada100Tokyo」に関する最初のメディア露出は、2016年1月の英語版動画プレゼンサイト「Pecha Kucha」である。その後、スイス大使ウルス・ブーヘル氏とウルトラマンの怪獣ダダが登場するキャッチーなプレスリリースが2016年5月に行われ、朝日新聞・毎日新聞など大手メディアにも取り上げられた。

  在日スイス大使館系列以外の日本国内での「ダダ100周年」に関連した企画は、現時点で数点のみ確認できた(たとえばこちら)。当展示について言えば、当展示は在日スイス大使館が妙な動きを見せさえしなかったら生まれていないが、出展者は皆スイスとは(おそらく)一切関係ない。(文責・山本)

                                                                                                   

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